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選考理由  
  2021年度日本魚類学会賞(奨励賞および論文賞)の選考経緯と理由について

学会賞選考委員会委員長 髙橋 洋

 
 2021年6月2日に,オンラインにて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には佐藤 駿氏(総合研究大学院大学)を,論文賞候補には以下の3編を選出した.
  • Kuwahara M, Takahashi H, Kikko T, Kurumi S, Iguchi K (2019) Trace of outbreeding between Biwa salmon (Oncorhynchus masou subsp.) and amago (O. m. ishikawae) detected from the upper reaches of inlet streams within Lake Biwa water system, Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-0650-7 (3 July 2018), 66:67-78 (25 January 2019)
  • Sumizaki Y, Kawanishi R, Inoue M, Takagi M, Omori K (2019) Contrasting effects of dams with and without reservoirs on the population density of an amphidromous goby in southwestern Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-00678-2 (2 January 2019), 66:319-329 (25 July 2019)
  • Kuwamura T, Sunobe T, Sakai Y, Kadota T, Sawada K (2020) Hermaphroditism in fishes: an annotated list of species, phylogeny, and mating system. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-020-00754-6 (7 May 2020), 67:341-360 (27 July 2020)

以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.

I. 奨励賞候補
 奨励賞候補には3名の応募があった.選考委員(7名)からそれぞれが推薦する応募者と推薦理由が述べられ,研究業績,独創性,学界に対するインパクトや貢献等において,上位2名に大差がないという結論に達した.そこで,これら2名の候補者に絞って,将来性,奨励賞の意義などもあわせて慎重な議論を重ねた結果,最終的に全会一致で佐藤氏を奨励賞候補者とすることに決定した.

佐藤 駿氏(総合研究大学院大学)の選考理由
 佐藤 駿氏は総合研究大学院大学先導科学研究科に日本学術振興会特別研究員(PD)として在籍している.査読付き論文の総数は17編で,そのうち9編が筆頭著者の論文である.英文国際誌が12編あり,うち3編がIchthyological Researchに掲載されており,その中の1編は魚類の粘膜給餌行動に関するこれまでの研究や自身の観察結果をまとめた総説である.また,上記論文に加えて,学会賞募集期間後にもすでに著名な国際誌に筆頭著者としての論文2編が掲載されており,極めて勢いのある若手魚類研究者であることが窺える.
 同氏はこれまでカワスズメ科魚類を主な研究対象として,行動生態学や比較認知科学の観点から,魚類の子育て,きょうだい間闘争,擬態,顔認知などについて数多くの優れた研究成果をあげてきた.特筆すべきは,魚類の行動に対する極めて独創的な視点と,そこから得られた仮説を野外観察や水槽実験により説得力のある形で鮮やかに立証してみせる能力である.例えば,博士課程在学中に行ったタンガニイカ湖をフィールドとした研究では,魚類の子育て行動を子供側の視点から捉え,幼魚の巻貝に対する隠蔽擬態が,それを保護する親にとって極めて重要な点などを野外観察に基づき明らかにした.また,博士号取得後は,魚類の顔認知や向社会性(相手の気持ちを理解し,自分よりも相手を優先させる行動)を水槽実験によって解明し,魚類においては新しい比較認知科学分野を切り拓いている.
 以上のように,同氏のこれまでの魚類学,特に行動生態学や比較認知科学に対する貢献は大きく,また私たち魚類研究者に,次に何を明らかにしてくれるのだろうという期待感を抱かせるものである.また,魚類学会におけるポスター発表最優秀賞をはじめ,雑誌やテレビなどでの積極的な発信は,若手研究者のみならず一般社会にも魚類学の楽しさ・面白さを伝える大きな役割を果たしている.これらに対する高い評価と,将来にわたってその活躍が大いに期待されることの両面から,委員会は,佐藤 駿氏を今年度の魚類学会奨励賞候補に最もふさわしい研究者であるとして選考した.

II. 論文賞候補
 論文賞については,他薦,自薦,および編集委員会推薦による6編を対象に選考した.これらの論文について,各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べ,推薦者の多かった3編を二次選考の対象とした.次いで,これらの候補に対して,研究分野の重なり,論文のタイプ(総説,モノグラフ,本論文など),研究内容の重要性やインパクトなどを考慮して議論を行い,それぞれが研究分野の異なる質の高い論文であることから,全会一致で3編を論文賞候補として決定した.以下に各論文が高く評価された理由を記す.
  • Kuwahara M, Takahashi H, Kikko T, Kurumi S, Iguchi K (2019) Trace of outbreeding between Biwa salmon (Oncorhynchus masou subsp.) and amago (O. m. ishikawae) detected from the upper reaches of inlet streams within Lake Biwa water system, Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-0650-7 (3 July 2018), 66:67-78 (25 January 2019)
 本論文は,琵琶湖流入河川の上流部において,ダムなどにより降湖型から切り離された生活史をもつサケ科魚類の河川型個体群の由来について,核DNA(AFLP)とmtDNAを用いた集団遺伝学的解析から迫ったものである.河川により,琵琶湖固有のサケ科魚類であるビワマスとその近縁亜種であるアマゴの雑種群,または遺伝的に純粋に近いアマゴの個体群が存在することが明らかになり,後者は在来集団である可能性が高いことが示された.これらは,ビワマスの保全のみならず,河川型個体群が確立する過程や琵琶湖の魚類の歴史を考える上で大変興味深く,魚類の系統地理学や分類学にも貢献することから,論文賞にふさわしいと判断した.
  • Sumizaki Y, Kawanishi R, Inoue M, Takagi M, Omori K (2019) Contrasting effects of dams with and without reservoirs on the population density of an amphidromous goby in southwestern Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-00678-2 (2 January 2019), 66:319-329 (25 July 2019)
 本論文は,両側回遊性のハゼ科魚類オオヨシノボリに対する河川横断構造物の影響が,貯水池を有する構造か否か(すなわち,貯水ダムか砂防ダムか)によって対照的であることを明らかにしたものである.従来,ダムなどの河川横断構造物は,両側性回遊魚の遡上を阻害し,河川上流域の生息密度を低下させると主に考えられてきた.そこに,貯水池を海や湖の代替地とした陸封化により,回遊距離が短縮した結果,むしろダム上流域の生息密度が高まるという独創性に富んだ仮説を立て,丁寧な野外調査により立証した点は,高く評価される.本研究は,両側回遊魚と河川横断構造物の影響に関して新たな視点を与える研究であり,すでに海外研究者による総説論文にも引用されていることからも明らかなように,学界に対する影響も大きいことから,論文賞にふさわしいと判断した.
  • Kuwamura T, Sunobe T, Sakai Y, Kadota T, Sawada K (2020) Hermaphroditism in fishes: an annotated list of species, phylogeny, and mating system. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-020-00754-6 (7 May 2020), 67:341-360 (27 July 2020)
 本総説は,非常に網羅的な既報論文の精査によって,魚類の雌雄同体性に関する情報を高い精度でリスト化し,出現する分類群を整理するとともに,その進化の究極要因を配偶システムとの関連性に基づいて論じたものある.これまで同様の総説がなかったことや,その内容が極めて洗練されたものであることから,今後,世界中の研究者に有用な情報を提供するものと期待できる.また,魚類の雌雄同体性は,これまで魚類の行動生態学や繁殖生理学の分野で主に研究されてきた現象であるが,近年,オミクス分野やエピジェネティクス分野からの研究も増えつつあるため,Ichthyological Researchのインパクト・ファクターや国際的認知度の向上といった面での貢献も期待されることから,論文賞にふさわしいと判断した.
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