日本魚類学会自然保護委員会 日本魚類学会トップページ
自然保護委員会の概要  
ガイドライン  
モラル  
シンポジウム  
提案書・意見書  
資料・書籍  
魚雑掲載記事  
「淀川水系におけるイタセンパラの現状と今後の保護施策についての意見書」
 
 
平成18年9月1日
日本魚類学会
会長 松浦啓一殿
淀川水系イタセンパラ研究会
会長 小川 力也

 イタセンパラAcheilognathus longipinnis(コイ科タナゴ亜科)は、昭和49(1974)年に国の天然記念物(文化財保護法)に、さらに平成7(1995)年には国内希少野生動植物種(通称:種の保存法)に指定され、捕獲が厳しく規制されるなど手厚く保護されてきた。どちらも日本産淡水魚類のなかで最初の指定であり、イタセンパラは常に絶滅の危険性のもっとも高い種であったと言っても過言ではない。今春、イタセンパラの国内最大の生息地であった淀川の城北ワンド群(大阪府大阪市)において、イタセンパラの仔稚魚をまったく確認することができなかった。これは、1970年代初頭に淀川の自然保護の象徴的な存在として本種の保護が始まって以来、はじめてのことである。
 平成8(1996)年6月、それまでイタセンパラの保護に携わってきた環境庁(現環境省)、文部省(現文部科学省)、農林水産省と建設省(現国土交通省)の4省庁は、「イタセンパラ保護増殖事業計画」を連名で策定し、連携して事業に取り組むことを発表した。淀川水系イタセンパラ研究会(以下、「研究会」という)は、その発表に呼応して、平成8(1996)年11月、淀川水系における保護増殖事業の一助となるべく発足した。研究会は、イタセンパラと関係の深い魚類や貝類の研究者だけでなく、植物、鳥類、河川工学、教育や文化財保護など、さまざまな分野の専門家が加わり、さらには保護増殖事業に直接携わる行政機関などの担当者を交えて、総合的な見地から議論してきた(末尾の研究会構成を参照)。発足以来10年、イタセンパラの保護増殖と生息環境の保全を目的として、生息状況についての調査や生態に関する研究、学校教育や社会教育、あるいはマスメディアなどを通じての普及啓発、密漁の防止、さらには環境改善の施策に対する提言・提案など、さまざまな活動を行ってきた。しかし、それらの甲斐もなく、イタセンパラの生息を容易に確認できないという深刻な状況に至ったが、これを機会に淀川水系におけるイタセンパラの現状について報告し、今後の保護施策について若干の提言を加えたい。

1.淀川水系におけるイタセンパラの現状について
  淀川水系に残存する最大のワンド群である城北ワンド群(水制工に由来した15か所と近年新設された3か所のワンドから構成される)は、淀川水系のみならず、国内のイタセンパラの最大の生息地であった。城北ワンド群では、イタセンパラの生息状況を把握するために、1994(平成6)年から毎年5〜6月表層に出現する仔稚魚の個体数について全域調査が行われてきた。昨年(2005年)までの12年間には、1999年の149個体(12年間で最少)という極めて危機的な状況もあったが、毎年生息が確認されてきた。2001年の7839個体(12年間で最大)への急増の後、減少の一途をたどって昨年は506個体となり、残念ながら今年の調査ではまったく確認されなかった。イタセンパラは、産卵床であるイシガイ科二枚貝類の体内で越冬した後、5〜6月に貝から泳出し、約1か月間を表層で群れて生活する。仔稚魚の群は発見が容易であることから、この時期の調査は生息状況を把握するためにもっとも有効であり、この方法によって確認されなかったことはイタセンパラの生息数が極めて減少していると考えられる。
 さて、淀川の河川敷に存在する「ワンド」や「タマリ」と呼ばれる水環境は、本来、本流の季節的な水位変化によって生じる冠水時の強い水流や、干上がりによる水質や底質の更新作用がその重要な維持機構となる河川環境の一部である。イタセンパラはその水環境に適応した生態や生活史を有する魚種のひとつである。淀川水系における本種の減少要因は、1970年代以降の約30年間にわたる河川改修によって、多くのワンド・タマリと本流の流れや水位変化が失われたことであろう。1965(昭和35)年には淀川の流程約26kmに785か所あったワンドとタマリは、現在、城北地区や庭窪地区(大阪市、守口市)を中心に40か所程度しか残っていない。
 さらに、本流が掘削や浚渫によって幅広く深くなったことに加えて、1983(昭和58)年に河口堰(淀川大堰)が稼働したことによって、淀川本川下流部においては出水時における水位の変化がほぼ消失して、ワンドやタマリは滅多に冠水しなくなり、水質や底質の更新の機会が奪われた。淀川に残存するワンドのすべてが、淀川大堰の湛水の影響を受ける区間に位置しており、ワンドの環境は水質や底質の悪化、水生植物の過剰な繁茂など、沼の環境へと徐々に遷移してきた。また、淀川大堰の稼働後、淀川本川下流部の平均的な水位は堰上げによって約50cm上昇し、城北ワンド群周辺において浅水域の面積が極端に減少したが、このこともワンドの環境を大きく変化させた要因のひとつと考えられる。このような環境の変化はイタセンパラをはじめとする淀川水系の生態系を構成してきた代表種を減少させると同時に、オオクチバスやブルーギル(魚類)、ウォーターレタスやナガエツルノゲイトウ(水生植物)などの特定外来生物に代表される外来種の増殖を助長していると考えられ、ワンドの生態系はまったく異質なものへと変化している。
 一方、淀川本川の上流部では、大規模な掘削や浚渫、あるいは上流からの土砂供給量の減少の影響を受けて河床が著しく低下しており、場所によってはその低下量は5m近くに及んでいる。この河床低下による水位の低下は、上流部に残存したワンドを干上がらせてしまい、現在ではワンドはまったく存在していない。かつて多くのイタセンパラが生息していた楠葉地区(大阪府枚方市)のワンドNo.1もそのひとつであり、現在、淀川本川の上流部にはイタセンパラの生息を確認できる場所は存在しない。この河床低下は現在、さらに上流へ波及していると思われ、支川木津川の下流部の飯岡(京都府綴喜郡)の水位で見ると、この10年間に約50cmの水位低下が認められる。タマリの水位低下や干上がり、それにともなう二枚貝の死滅などが確認されている。木津川下流部では、1990年代半ばまで、イタセンパラの良好な生息状況が認められたが、その後ほとんど確認されていない。
 1997(平成9)年の河川法の改正以降、淀川では、国土交通省淀川河川事務所がワンド本来の環境を再生するためのさまざまな取り組みを行ってきた。城北ワンド群では、淀川大堰の堰上げによって減少した浅い水辺を再生する目的の下、数か所の浅いワンドが試行的に新設された。工事用重機の撹乱によって出現した造成直後のワンドは、あたかも増水による撹乱を受けたようであり、イタセンパラの産卵床となるイシガイやドブガイなどの二枚貝類が増殖し始め、多数のイタセンパラの稚魚が確認されることもあった。浅いワンドは完成の直後からイタセンパラとその産卵床である二枚貝類にとって重要な再生産の場となり、その後が期待されたが、増水による撹乱が生じないために水辺の水生植物帯が徐々に水面へと広がった。結局、数年で開放水面の大部分を覆ってしまい、魚貝類の生息環境は一気に失われた。
 また、ワンドの環境を改善する目的で淀川大堰の操作が試みられたが、堰操作による50cm程度の緩やかな水位変化ではワンドの開口部を通して水が動くだけであり、底質や植生を一新することはもとより、水質の大幅な改善は望めない結果に終わった。イタセンパラの成長期の生息環境に配慮して5〜6月の水位を低く維持したこともあったが、利水や工事など河川管理上の都合によって毎年継続実施することは容易ではないようである。その後も堰の運用によって大きな水位変化を生起させる手法についてさまざまな検討がなされたが、淀川の下流部における水位の安定化は低水路の大幅な拡幅と浚渫に起因するところが大きく、堰の運用によって容易に回復を図れるものではないことが明らかになってきた。 一方、河床低下が甚だしい淀川上流部の楠葉地区においては、干上がったワンドの地盤を数メートル切り下げることによって再生が図られた。上流部では現在でも年に数回の数メートルに及ぶ水位上昇があり、造成後数年が経過した現時点においても、増水の撹乱によって下流部にみられるような植生の過剰な繁茂は抑えられているが、高水敷を局所的に切り下げたためにワンド上を通過する増水時の流れが不自然であり、ワンド本来の環境が再生されたとは言い難い。楠葉地区の新設ワンドでは、未だ二枚貝類の安定的な増殖は認められず、イタセンパラが繁殖できる環境には至っていない。 以上のように、かつて淀川水系の広域に生息していたイタセンパラは、現在の淀川水系にはその安定的な繁殖を保証する生息環境をどこにも見つけることができなくなっている。

2.今後の保護施策について
  前述のように、淀川水系においてイタセンパラを取り巻く環境は、より一層、そして急速に悪化しており、イタセンパラの保護増殖事業をこれまでにもまして積極的に推進する必要がある。そこで、研究会は、事業の進むべき方向性についてできるだけ具体的に提言したい。まずは、淀川水系におけるイタセンパラの系統保存の観点から可及的速やかに実施すべき緊急的な対策について述べ、次に、1996(平成8)年の「イタセンパラ保護増殖計画」に明記されている「本種が自然状態で安定的に存続できる状態になることを目標とする。」を実現するために、長期的な展望に立った対策についても述べたい。なお、提言する内容のなかには、既に検討あるいは実施されているものも含まれているが、今一度整理するためにあえて加えた。
 イタセンパラの繁殖には、産卵床であるイシガイ科二枚貝類の共存が不可欠である。二枚貝類は、かつての淀川ではワンドやタマリにしか生息しておらず、木津川でもタマリが主な生息場所となっている。このように、ワンドやタマリは、二枚貝類の河川における重要な生息環境であり、イタセンパラにとってなくてはならない繁殖場所である。つまり、イタセンパラの安定的な繁殖を保証するには、健全に機能するワンド・タマリの環境を保全・再生することが不可欠である。淀川のワンド・タマリの多くは、水制工による過去の土木事業が期せずもたらした産物であり、土木工事が自然環境を豊かにした珍しい事例である。この事例は全国に波及し、河川環境の保全・再生のあり方に大きく影響してきた。その象徴的な場所となったのが城北ワンド群であり、その生態系の代表種がイタセンパラである。

<緊急に必要な対策>
 以下に列記する緊急対策は優先順位を付け難く、同時に並行して検討され、速やかに実施に移されることを望む。

1.城北ワンド群の環境改善
  淀川本川の下流部では、増水あるいは渇水にともなう水位変化など本来の河川環境を維持する機能が失われた結果、城北ワンド群の環境は沼のそれへと遷移しており、従来とはまったく異質な生態系が成立している。とは言え、城北ワンド群は、昨年までイタセンパラの国内最大の生息地であり、その既存の生息環境の保全がもっとも優先されるべき課題である。イタセンパラの繁殖に不可欠な産卵床のイシガイなどの二枚貝類は、この数年で急速に減少し始めているが、現在でも淀川でもっとも多く生息する場所であり、その環境の改善は急務である。浅いワンドの新設や淀川大堰の運用などの対策では、大幅な環境改善が見込めないことが明らかになってきた現在、新たな施策が必要である。あくまでもワンドの水位をかつての低水位に維持し、しかもワンド内に水位変化と流れを生じさせることによって、河川環境の一部としてのワンド本来の環境への再生を早急に図らなければならない。

2.城北ワンド群など淀川本川下流部における外来種の駆除
  この数年、城北ワンド群などの淀川本川下流部においては、オオクチバスやブルーギルなどの外来魚が急増しており、イタセンパラが激減した主因のひとつと考えられる。また、ボタンウキクサ(ウォータレタス)やナガエツルノゲイトウなどによる水面を覆い尽くすような過剰な繁茂は、水質や底質を極度に悪化させ、多くの水生生物の生存を危うくさせるような深刻な状況を招いている。イタセンパラのみならず、かつて淀川に生息した在来種の多くが姿を消しており、外来種の駆除は急務である。

3.楠葉地区など淀川本川上流部における新設ワンドの改良と増設
 増水時の撹乱によって底質や植生の更新が期待される上流部では、ワンド本来の環境を再生できる可能性が高い場所である。高水敷を局所的に切り下げて新設された楠葉地区の2か所のワンドでは、未だ良質な環境が再生されていないため、ワンド上を通過する増水時の流れが良質な環境を創出・維持するように周辺の地形の改良が必要である。ワンド・タマリは地形や流れから受ける影響の違いなどによってそれぞれの環境が少しずつ異なり、それらがワンド・タマリ群として存在することによって多様な環境を生み出す。

4.木津川下流部で進行する水位低下の原因解明とその防止
  木津川の下流部では水位低下が急速に進行しており、イタセンパラの生息環境であるタマリの干上がりや冠水頻度の低下が起こっている。低水路の深掘れによって本流の水面と周辺の高水敷との比高が大きくなり始めていて、これが進行すれば淀川上流部と同様の深刻な問題に発展すると危惧される。この水位低下の原因について調査し、その結果をもとに早急に防止策を講じる必要がある。淀川本川においては未だに土砂の採取が行われているが、木津川下流部における水位低下との因果関係について早急に調査する必要がある。

5.保護下のイタセンパラに対する管理の徹底と密漁対策
 淀川から移殖した保護池のイタセンパラは、野生の生息数が激減した現在、遺伝子保存の観点からの重要性が高まっている。今後の状況に応じては、淀川に野生復帰させる必要が生じてくる可能性もある。そのため、保護池での生息状況の把握と、依然横行する密漁への対策を徹底する必要がある。野生個体が激減したことによって、保護池が密漁の標的になる可能性が高まっている。

<長期展望に立った対策>
  以上に述べた対策のほとんどは、あくまでも緊急措置であり、抜本的な生息環境の改善、ひいてはイタセンパラの自然状態での安定した存続にはつながらないと考えられる。 増水による攪乱が生じる淀川上流部においてワンド・タマリの再生事業を推進することは、イタセンパラの生息環境を創出する最良の方法のように思える。しかし、これを進めても、城北ワンド群を含む淀川下流部の流程約15kmの区間(淀川本川の淡水域の約6割)では、攪乱の再現、ひいてはイタセンパラの生息環境の再生が非常に困難なままであり、その抜本的な改善は望めない。淀川下流部の生息環境の悪化は河川構造に起因したものであるから、今一度、淀川下流部における根本的な環境改善を図ることを目的に、淀川全体の河川構造について見直す必要がある。 淀川では1970年以降の30年間、治水・利水に主眼を置いた水の管理が行われてきたが、それは掘削や浚渫など土砂を管理することによってなされてきた。それならば、新河川法に追加された河川環境保全のための水の管理を考えるときも同様に、まず土砂の管理から考えるべきである。流水と土砂の移動によって形成・維持されるワンド・タマリは、常に河川の影響を受け続けるが故に、その水域だけを保全しようとしても生態系はうまく機能しない。換言すれば、ワンド・タマリの保全は河川の保全である。流域に対して大きな視野をもち、流水と土砂の管理について検討することが、ワンド・タマリに生息するイタセンパラの良好な生息環境を保全するために不可欠である。治水・利水や河川敷の利用など、社会要求との合意形成を図らなければならないだけに容易には進まないだろうが、長期の展望を持って現実的なものにしなければならない。

 前出の「イタセンパラ保護増殖事業計画」が発表され、また「河川環境の保全」を大きく掲げた河川法に改正されて早や10年が経とうとしているが、淀川の河川環境はますます悪化し、イタセンパラの生息数は激減した。イタセンパラがおかれる現状を真摯に受け止め、実効性のある対策の速やかな実施を期待したい。イタセンパラは古くから「淀川のシンボル・フィッシュ」と呼称され、淀川の魚類相の象徴的な魚種として大切にされてきた。それ故に、イタセンパラが安定的に存続できる環境が再生されれば、淀川を代表した多くの魚種も同様に再び姿を見せることであろう。