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選考理由  
  2013年度日本魚類学会賞(奨励賞および論文賞)の選考経緯と理由について

学会賞選考委員会

 
 2013年5月9日に,北海道大学東京オフィスにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には山野上祐介氏(東京大学)を,また論文賞候補には以下の2篇を選考した.
  • Koya Y, Hayakawa Y, Markevich A, Munehara H (2011) Comparative studies of testicular structure and sperm morphology among copulatory and non-copulatory sculpins (Cottidae: Scorpaeniformes: Teleostei) Ichthyological Research, 58: 109-125

  • Kodera H, Tomoda Y (2012) Discovery of fossil Ayu (Plecoglossus altivelis) from the Upper Miocene of Shimane Prefecture, Japan. Ichthyological Research, 59: 26-37
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.

I. 奨励賞候補
 奨励賞には3名の応募(他薦2,自薦1)があった.ずれの候補者も奨励賞を受けるに相応しい研究業績を有していると判断され,それぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることが確認された.各応募者の研究活動のインパクト,国際誌への掲載論文数,将来性,研究活動の状況等を基準に評価を行った.研究および活動内容について詳細に討議した結果,最終的に全員一致で山野上佑介氏を選出した.

山野上祐介氏(東京大学)の選考理由
 山野上佑介氏は現在38歳で,東京大学附属水産実験所に特別研究員として在籍している.論文総数は29篇で,うち26篇が査読制雑誌に掲載され,さらに筆頭著者の論文が19篇ある.論文はPLoS ONE, Molecular Phylogenetics and Evolution, BMC Evolutionary Biologyなどの著名な雑誌に掲載され,国際的な活躍をしていることが評価できるほか,日本魚類学会の雑誌にも12篇(Ichthyological Research 10篇,魚類学雑誌2篇)の論文が掲載されている.3名の候補者の中では,国際的に注目される雑誌での論文発表の努力が際立っていた.3件の招待講演を含めて,国際会議,学会,シンポジウム等での口頭・ポスター発表総数は45にのぼり,研究活動も顕著であると判断された.
 同氏は,現在まで特にフグ目魚類の分子系統学の分野において,多くの成果をあげている.その代表的なものは,ミトコンドリア全ゲノム分析によってフグ目の系統学的な位置とフグ目内の系統類縁関係をダイナミックに推定したことである.一方で,トラフグ属内の分岐年代がかなり新しく,稔性のある雑種を作りやすいことを見出し,同属が海産魚の種分化の研究に有用であることを示した点は,魚類学だけでなく,水産学を含む広い分野から注目される業績として高く評価できる.フグ目以外でも,ホタルジャコ科の分類学的研究を行い,分類学や形態学の分野においても優れた業績をあげている.分子系統学と分類学の両分野に関わる成果としては,ミトコンドリアDNAを用いた日本産マンボウ属2種の簡易識別法があげられる.組織片による種判別法を開発した点は,大型魚ゆえに多くの困難が伴う本属の様々な研究を今後大きく前進させ,魚類学の進歩に寄与するものと判断できる.
 FAOの種同定ガイドやマンボウの研究に関する一般向けの普及啓蒙書の執筆も行い,論文以外でも国内外において広く名前の知られる人物となりつつある.さらに国内外の研究者コミュニティーを活用し,分子系統学,形態学などの異分野を融合させ,魚類学をより高いレベルに進歩させる能力をもつことは明白である.  以上のように山野上佑介氏は,魚類学の進展に大きく貢献し,将来にわたってその活躍が大いに期待される人物であることが高く評価された.よって,同氏を2013年度日本魚類学会奨励賞を受賞するに最も相応しい若手研究者として選出するに至った.

II. 論文賞候補の選考について
 論文賞については,他薦および編集委員会推薦による10篇を対象に選考を行った.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.その結果,評価の高かった6篇について討議し,最終的には合議のもとに全員一致で上記2篇を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
  • Koya Y, Hayakawa Y, Markevich A, Munehara H (2011) Comparative studies of testicular structure and sperm morphology among copulatory and non-copulatory sculpins (Cottidae: Scorpaeniformes: Teleostei) Ichthyological Research, 58: 109-125
     古屋康則氏ほかによる本論文は,繁殖生態が著しく多様化したカジカ科魚類19種の雄について,18年かけて採集した標本の精巣組織及び精子を観察することによって,生殖形質と繁殖行動,特に交尾との関連性を明らかにしたものである.その採集場所は日本だけでなく北米やロシアにまで及んでいる.その結果,カジカの精巣構造は輸精管や貯精嚢の発達具合によって5型に大別でき,特に貯精嚢は交尾種のみで見られる特徴であることが解明された.また,精子の頭部構造を比較した結果,精子の頭部形態は丸型,細長型とその中間型の3型に分けることができ,非交尾種では丸型の,交尾種では細長型の頭部を持つことが明らかになった.この対応関係は,系統関係の遠い種群でも認められた.これらのことを総合すると,精巣構造や精子の頭部形態は,交尾行動の発達に対応しつつ,系統関係によらず,独立に進化した形質と結論づけることができる.
     カジカ科魚類は「交尾をする魚」として知られ,80年以上も前に精巣の構造や精子形態についての報告がなされている.現在では,著者らの以前の研究によって,カジカ科魚類には,交尾種と交尾を行わない種が同じ科内に見られること,また,交尾種の中にも雄保護種,雌保護種,保護を行わない種がいることが明らかにされている.しかし,精巣構造や精子について断片的なデータはあるものの,異なる繁殖生態を持つカジカの複数種を用いて,精巣構造や精子を多くの種間で比較した研究はこれまで皆無であった.  著者らの研究は,カジカ科魚類における交尾行動の進化を考える上で非常に有用であるだけでなく,脊椎動物における交尾と生殖形質の進化を考える上でカジカ科魚類が優れたモデルシステムであることを示している.このように本論文は,魚類学だけでなく,「交尾」という現象において様々な分野に大きく貢献するものと考えられるため,本論文を論文賞に選考した.

  • Kodera H, Tomoda Y (2012) Discovery of fossil Ayu (Plecoglossus altivelis) from the Upper Miocene of Shimane Prefecture, Japan. Ichthyological Research, 59: 26-373
     小寺春人氏と友田淑郎氏による本論文は,約1,000万年前の島根県の中新統松江層から産出した4個体の未成魚からなる6標本の化石を基にアユPlecoglossus altivelisを報告・記載し,特にその種的特徴である櫛状歯の形態を個体発生も含めて現生種と詳細に比較したものである.化石個体では胸鰭,腹鰭および臀鰭鰭条数,および脊椎骨数のすべて,あるいはほとんどが現生3亜種と重複するため,亜種レベルの同定はできなかったものの,アユの化石の初めての報告となった.アユは従来は第四紀(約200万年前)に起源すると考えられてきたが,本論文ではアユの起源がこの仮説よりもはるか昔にさかのぼることが明確に示されており,魚類進化学上の大きな発見となっている.また本論文は,アユの特異な摂餌形質が1,000万年前の中新世に起源し,現在まで維持されてきたことを明らかにするとともに,これらの化石が産出した地層からはテナガエビ類と汽水性珪藻類の化石も見つかっていることから,アユは当時も汽水から淡水域で生活していたことを推定している.このように,本論文はアユの化石の発見という希少性の高い内容のほか,従来のアユの起源に対する仮説を一新するなど,多くの新知見を含んでいる.また,本論文ではアユの化石をシリコンで型どりし,それをもとに電子顕微鏡写真を撮影するというユニークな手法が用いられていることも,委員会では注目された.協議の結果,これらの内容が候補論文の中で高く評価され,委員全員の一致で論文賞候補に相応する論文であるとして選考された.
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